福岡地方裁判所 昭和56年(ワ)1980号 判決 1984年6月29日
原告
西日本繊維株式会社
右代表者
高橋彦二郎
右訴訟代理人
松村侟
被告
ナガオカ株式会社
右代表者
戸部田巧
右訴訟代理人
大石幸二
主文
原被告間の当庁昭和五六年(手ワ)第一五五号約束手形金等請求事件につき、昭和五六年七月二四日当裁判所が言渡した手形判決を次のとおり変更する。
被告は原告に対し、金二九九万〇、二六七円及び内金一三〇万七、四六七円に対する昭和五五年一〇月一六日以降、内金九八万九、九〇〇円に対する同年一一月二五日以降、内金六九万二、九〇〇円に対する同年一二月六日以降、各完済に至るまでいずれも年六分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担、その余を被告の負担とする。
この判決は、第一、二項に限り仮に執行することができる。
但し、被告が金一〇〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。
事実
第一、当事者の求める裁判
原告訴訟代理人は、「本件手形判決を認可する。異議申立後の訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、
被告訴訟代理人は、「本件手形判決を取消す。原告の請求を棄却する。」との判決を求めた。
第二、当事者の主張
一、請求原因等(原告)
1、被告は、別紙約束手形目録記載の約束手形三通を振出し、別紙為替手形目録記載の為替手形二通に引受をした。
2、別紙約束手形目録記載番号1の手形の裏面には、受取人原告から訴外髙橋絹織株式会社、同訴外会社から訴外株式会社佐賀銀行、同訴外銀行から訴外髙橋絹織株式会社、同訴外会社から原告への連続する各裏書。
同番号2の手形の裏面には、受取人原告から訴外髙橋絹織株式会社、同訴外会社から被裏書人白地の連続する各裏書がある。
3、原告は、別紙約束手形目録及び為替手形目録記載の各手形五通を、それぞれの満期に各支払場所に呈示した。
4、原告は、現に右手形五通を所持している。
5、よつて、原告は被告に対し、右手形金合計八六一万一、一一三円及び内金各手形金額に対するそれぞれ満期の翌日以降完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるべく、本件手形判決及び仮執行宣言を求めたものであり、これを認容した右手形判決認可の判決を求める。
6、後記答弁並びに主張2の被告の相殺の抗弁事実は争う。
原告が被告主張の日に、被告から主張の商品の引渡をうけたことは認めるが、これは、売掛商品の返品並びに販売委託商品返還の趣旨で平隠裡に行われた取引であつて、不法行為を構成したりするものではなく、また、その商品の価額も被告主張のように高額ではない。
(1)、原告は、かねて被告に繊維製品の卸売をしていたものであり、昭和五五年七月一五日の時点で被告に対し、本件各手形として受領した八六一万一、一一三円以外に、未払の売掛代金債権二四〇万六、二〇〇円を有していたところ、同月一六、一七日被告の支払停止が明確になつた際、被告から返品をうけた別紙第二目録(返品をうけた分)記載の商品、その価額合計二七万五、五〇〇円を差引く反面、被告に販売委託中返還不能となつた別紙第一目録(委託返品不足分)記載の商品が判明し、その価額合計一一万五、〇〇〇円を加算し、結局、右未払の売掛代金債権が二二四万五、七〇〇円となつた。
(2)、原告は、右未払の売掛代金債権にあてるため、前同日頃被告から引渡をうけ、預り保管中の別紙第三目録(売掛残代金充当として受入れた分)記載の商品、その価額合計二二四万五、七〇〇円を同月三〇日右支払に充当し、その結果、原告の被告に対する債権がその後不払となつた本件各手形金だけになつた。
(3)、なお、右別紙第三目録(売掛残代金充当として受入れた分)記載の商品も、本当は大部分が原告から売渡したものであり、実質的に返品扱いにすべきものであるが、一部そうでない商品が混在していたため、返品処理外の扱いをし、右売掛残代金への充当分として受入れたものである。
二、答弁並びに主張(被告)
1、請求原因等1ないし4は認める。
2、被告は、以下に述べるとおり、原告に対し八三四万八、六四五円の損害賠償請求権とこれに対する昭和五五年七月一六日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金請求権を有するので、昭和五六年九月二五日本件第三回口頭弁論期日で陳述の答弁書により、右各請求権を自働債権として原告の本件手形金及び利息金と対当額で相殺の意思表示をする。
従って、原告の本件手形金及び利息金は、右相殺の結果、別紙計算書(1)記載のとおり別紙為替手形目録記載番号2の手形金のうち一八万五、九一六円及びこれに対する利息金が残存するのみである。
(1)、被告は、昭和五五年七月一六日営業不振のため内整理を発表したところ、同日債権者らが被告久留米支店に押し寄せ、商品の引揚等をしようとし、原告以外の者は被告側の懇請、説得に応じ、そのような行為を中止したが、原告は、被告側の制止を振り切り、不法にも別紙目録(一)記載の被告の商品を窃取し、持ち去つて仕舞つた。
被告が右同日と翌日従業員を原告方に派遣し、右被告商品を確認させたところ、右被害商品の販売価格は、右目録(一)記載のとおりであり、その合計額が八三四万八、六四五円であつた。
よつて、被告は原告に対し、右不法行為による損害賠償等として、前記金額の請求権を有する。
(2)、原告は、被告が右被害商品を原告への返品、或いは当時残存した売掛代金二四〇万六、二〇〇円等への充当分として任意に引渡したかのように主張するが、そのような事実は存しない。右に述べたとおり、原告は、右被害商品を不法に窃取したものであり、その後勝手に返品とか充当とかの内部処理を行つているのに過ぎない。
被告としては、原告に対し、原告のいう別紙第一目録(委託返品不足分)記載の販売委託商品の代金一一万五、〇〇〇円の支払義務があることは認めるが、当時、原告主張の二四〇万六、二〇〇円の未払買掛債務(支払のための手形等発行していない分)を負担していたこと自体も争うものである。
(3)、右被告の原告に対する損害賠償等請求権を自働債権、原告の被告に対する本件各手形金を受働債権とする前記相殺の結果、別紙計算書(1)記載のとおり、別紙約束手形目録記載の約束手形三通及び別紙為替手形目録記載番号1の為替手形の各手形金全額と同番号2の為替手形金中一八万五、九一六円を超える部分がそれぞれの満期の相殺適状時に消滅し、差引き原告の被告に対する右為替手形目録記載番号2の手形金中一八万五、九一六円とその遅延損害金のみが残存する。
3、そこで、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び敗訴の場合の仮執行免脱宣言を求めたものであり、本件手形判決の取消と原告の請求棄却の判決を求める。
第三、証拠<省略>
理由
本件請求原因事実は当事者間に争いがない。
被告は、昭和五五年七月一六日営業不振のため内整理を発表した際、原告が被告側の制止を振り切つて、被告久留米支店から別紙目録(一)記載の商品を持ち去り、被告にその価格合計八三四万八、六四五円相当の損害を与えたとして、右損害賠償請求権を自働債権に原告の本件各手形金債権と対当額で相殺の意思表示をする旨主張し、原告は、右商品の持ち帰りが売渡商品の返品及び販売委託商品返還の趣旨で、平隠裡に行われた取引であり、その商品の価格も被告主張のように高額ではない旨、右被告の主張を抗争する。
そこで、以下判断するに、<証拠>を総合すると、次のように認めることができる。
すなわち、原告は、肩書福岡市に本店、久留米市諏訪町内の親会社訴外髙橋絹織株式会社内に事務所を有し、繊維製品の卸売等を業とする会社であり、被告も、肩書福岡市内に本店、久留米市日吉町内に店舗、事務所等を有し、繊維製品の展示即売、小売その他を業としていた会社であること、
原被告は、かねて原告から被告に大島紬、博多織などの呉服類を卸売し、或いは委託販売ないし展示会用の即売品等として、右呉服類を委託、貸与する取引を継続しており、本件紛争発生直前の昭和五五年七月一五日頃、原告の被告に対する右売掛代金債権が、その支払のための本件各手形金合計八六一万一、一一三円以外に、原告側の帳簿で二四〇万六、二〇〇円、被告側の帳簿で二一九万五、七〇〇円残存していたこと、
被告は、昭和五五年六月下旬幹部従業員の辞職、独立といつた人事問題もあつて、深刻な経営不振に陥り、専務取締役大部敬介らが種々対策を考えたのち、七月四日頃トップの交替により不渡手形を出さずに内整理をする方針を固め、当時取引先訴外丸福商事の代表者であつた現被告代表者戸部田巧に次期トップへの就任を依頼して内諾を得、同月一五日正式に承諾を得たこと、
そして、戸部田巧は、右一五日朝被告の部課長以上の幹部従業員を集めて、右就任の決意を述べ、内整理実行の段取り等を打合せたうえ、被告として同日午後、大阪での債権者集会開催の日程等を決め、原告を含む各債権者に電報その他で、一斉にその連絡をとつたこと、
被告は、右内整理の意向を公表、連絡した翌一六日頃から、各債権者らの問合せ、来訪等をうけ、結果的に翌々一七日頃から一時久留米店を閉鎖せざるを得ない事態になつたところ、原告でも、右一六日販売担当従業員髙橋英光が被告久留米店に赴き、被告が経営困難のため内整理をすることや、具体的割合等未確定ながら各債務に一定の線引きを要請する見とおしであること、原告からの買掛商品及び同月一二日と一四日に展示会用として借受中の商品(韓国産大島紬八五反、紋八寸名古屋帯三〇本、更紗製帯三五本)等の所在も判然としない事情を聞き出したこと、
そして、原告は、右一六日午後、専務取締役某、及び前記髙橋英光、同人の兄で営業担当取締役の髙橋博彦、販売担当従業員能塚住夫ら数名のものが被告久留米店に駈けつけ、被告の仕入販売担当課長西村孝に原告の売掛商品と展示用貸与商品の返還を迫り、被告側から委託商品返還の名目で別紙第二目録(返品を受けた分)記載の高19―37の博多織七本、同38の羅八寸六本、同40の羅八寸二本の引渡をうけたものの満足せず、別に、原告の売掛商品とそれ以外の被告商品が混在する別紙目録(一)番号1ないし19までの各商品、並びに前記展示会用貸与商品のうち韓国産大島紬八五反(貸与分の全部)、紋八寸名古屋帯二七本(貸与分に三本不足)、更紗製帯三三本(同二本不足)を強引に持ち去つたこと、
右原告らの従業員は、被告側から少くとも別紙目録(一)記載番号1ないし19の商品を任意に受領したのではなく、被告側と折衝の過程で大声をあげたり、福岡の本社から応援に来ていた被告の専務取締役大部敬介の呼掛け、説明に耳を藉そうともせず、同人を突き倒し、前記仕入、販売担当課長西村孝、同人の上司である次長や城後部長らの制止を振り切り、いわば実力で右商品の持ち出しを行つたこと、
更に、原告は、右一六日に持ち帰つた商品が前記残存売掛代金の額に満たないと考え、翌一七日前記髙橋英光と従業員吉村某らを再度被告久留米店に赴かせ、同人らは、被告の専務取締役大部敬介らが別の債権者との応待に引きつけられていた際、他の被告従業員らの制止を無視し、右売掛代金充当分として別紙目録(一)記載番号19ないし38の各商品を運び出し、制止のため被告店玄関まで追いかける被告側従業員らを後にする形で、持ち帰つたこと、
右七月一六、一七日の両日原告の従業員によつて持ち出された商品については、一六日一応任意に引渡された前記高19―37博多織七本等に関し、委託商品返品名下の被告名義の仕入返品仕切書が作成され、その余の前記展示会用貸与商品の大部分と別紙目録(一)記載番号1ないし19までの商品に関し、原告従業員らの後を追つた被告従業員林田昭が、原告事務所で提示された商品を確認し、仕入返品分としてその品目、数量等をメモ書きし、また、一七日の同目録(一)記載番号20ないし38の商品に関しても、同様に右林田昭が確認後、原告から被告への預り書様体裁のメモ書きが作成されたこと、
右七月一六日に原告ら従業員が持ち出した別紙目録(一)記載番号1ないし19の商品は、その多くが原告の被告に対する売掛商品であり、なかに一部原告以外からの仕入商品が混在していると考えられるが、翌一六日に持ち出し同目録記載番号20ないし38の商品については、番号124と101の各一点が原告の売掛商品と認められるにとどまり、それ以外がどのような性格の商品であるか確認するに足る証拠資料が存しないこと(原告の取締役である証人髙橋博彦も右二点のみが売掛商品の返品分である旨証言している。)、
その後、原告は、七月一六日被告から委託商品返還名目で引渡をうけた前記高19―37博多織七本等につき、同月一七日付で被告宛の売上伝票を作成して、その返品扱いとし、被告の返品仕切書どおりの価格合計二七万五、五〇〇円(八万七、五〇〇円と一四万四、〇〇〇円と四万四、〇〇〇円)を原告の帳簿による前記純然たる売掛代金残二四〇万六、二〇〇円から差引く反面、展示用貸与商品中返還されなかつた紋八寸名古屋帯三本、更紗製帯二本、価格合計一一万五、〇〇〇円につき、同月三〇日付で被告への納品伝票を作成して、右価格を右売掛代金残に加算し、差引き売掛代金残二二四万五、七〇〇円に対し、別紙目録(一)記載の全商品を半値程度に評価して、同月三〇日付で合計右同額の被告宛仕入伝票を作成し、右売掛代金残の代償として受入れる処理をしたこと、
一方、被告は、別紙目録(一)記載の持ち去られた商品に対する右原告の仕入価格を容認せず、昭和五五年一一月一三日付で右各商品を別紙目録(二)、(1)ないし(7)記載のとおり合計五五七万五、二六五円とする原告宛の仕切書を作成し、原告に送付したこと、
なお、昭和五五年七月一六日被告が内整理の方針を公表した頃原告以外にも被告店から商品の持ち出しを企図した債権者らがいたけれども、原告以外のものは概ね、被告側の要請及び説得に応じて思いとどまり、その後、前記新代表者の被告が提示した六〇パーセントの債権切捨を原則とする事実上の和議に応じ、被告も従前どおり営業を継続し、現在に至つていること、
以上の各事実を認めることができ、証人髙橋博彦、同能塚住夫の各証言中右認定に抵触する部分は措信せず、他右認定を覆すに足る証拠は存しない。
右認定した事実によれば、昭和五五年七月一六日、一七日の両日原告の従業員らが、内整理を発表した被告久留米店から別紙物件目録(一)記載の各商品を持ち去つた行為は、それ自体被告側の意に反し、被告従業員らの制止を振り切つて行われていることや、持ち去つた商品も原告側の売掛商品が多いとはいえ、被告が原告以外から仕入れたものも混在していること、原告自身これらの商品を返品扱いとせず、半値程度で新規購入の経理処理をしていること等を併せ考え、取引上の債権確保ないし回収の手段、或いは権利行使、自力救済などして、社会通念上許された程度を超えるものであり、不法行為を構成すると解すべく、原告は民法七一五条一項本文によりそのため被告に生じた損害を賠償すべき義務がある。
しかして、右被告の損害は、少くとも別紙目録(一)記載の各商品についての被告の仕切価格である別紙目録(二)、(1)ないし(7)の合計五五七万五、二六五円を下らないというべきところ、被告は右各商品の価格を右目録(一)記載のとおり合計八三四万八、六四五円と主張し、証人西村孝、同大部敬介の各証言中それにそうかのようにみえる部分がないではないが、いずれも抽象的に触れる程度にとどまつていて、右主張価格を適確に認定するに足りず、他にこの点に関する右被告の主張を認めるに足りる証拠は存しない。
してみると、原告は被告に対し、右損害賠償として右五五七万五、二六五円及びこれに対する不法行為時の昭和五五年七月一七日以降完済に至るまで民法所定五分の割合による遅延損害金の請求をし得べきであり、この請求権を自働債権とする被告の相殺の意思表示の結果、別紙計算書(2)記載のとおり、別紙為替手形目録記載番号1の為替手形及び別紙約束手形目録記載番号1の約束手形の各手形金全額と、右約束手形目録記載番号2の約束手形金中一三〇万七、四六七円を超える部分が、それぞれ満期の相殺適状期に消滅し、原告の被告に対する本件各手形金債権は、右約束手形目録記載番号2の手形金中一三〇万七、四六七円及び同番号3の約束手形金九八万九、九〇〇円、右為替手形目録記載番号2の為替手形金六九万二、九〇〇円、右合計二九九万〇、二六七円、並びに右各手形金に対する遅延損害金のみである。
よつて、民事訴訟法四五七条二項に従い、先きになした本件手形判決を主文掲記のとおり変更すべく、訴訟費用の負担につき同法八九条、九二条、仮執行宣言、同免脱宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。 (田中貞和)
手形目録<省略>
為替手形目録<省略>
目録(一)<省略>
計算書(1)、(2)<省略>
目録(二)、(1)〜(7)
第一目録(委託返品不足分)<省略>
第二目録(返品を受けた分)<省略>
第三目録(売掛残金充当として受入れた分)<省略>